今回から新シリーズ開始です!
あなたは「グラフィック・メディスン」をご存知ですか?
日本の医療マンガ50年史(一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会:編)ではこのように書かれています。
「グラフィック・メディスン」とは、医学、病、障がい、ケア(提供する側および提供される側)をめぐる包括的な概念であり、数量化による捉え方(一般化)が進む中でこぼれ落ちてしまいかねない「個」のあり方に目を向け、臨床の現場からグラフィック・アートまでをつなぐ交流の場を作り上げようとする取り組みです。その一環として、マンガをコミュニケーションのツールとして積極的に取り上げたり、漫画の制作を通して気持ちや問題を共有する活動がさまざまに展開されています。
- 医療は個人ごとにカスタマイズ、オーダーメイドされたものが必要!
- 患者さんの声に耳を傾け、そのひとの事をみなければならない!
と頭では分かっていても、サイエンスや統計的なエビデンスに偏りがちです。
もちろん、サイエンスやエビデンスは重要です。
それ無しには、医療はたちゆきません。
でも、それでも、対極にあるかのように見えるそれらのどちらかではなく、うまくすり合わせられないものか……と思っている方も多いのではないでしょうか?
そんな時に役立つのがいわゆる「医療マンガ」です。
- 医療従事者とご本人、ご家族。
- エビデンスとナラティブ。
- 言葉と映像。
- 専門家と芸術家。
- 事実と誇張。
これら一見対極にありそうなものを繋ぎ、それぞれの「個」を大切にした医療のあり方を考えるツールになるのではないか、と考えています。
「私たちのことを、私たち抜きに決めないで!」
という当事者の声があるように、そのひとにとって最適な医療の提供を目指そうとすると、そのひとの心の内や本心を知る、伺う機械になるのではないでしょうか?
ということで、今回から「グラフィック・メディスン」について考えてみます。
・グラフィック・メディスン(1)医療マンガはひとを救うのか?
・グラフィック・メディスン(2)医療マンガで医療教育は変わるのか?
・グラフィック・メディスン(3)マンガをつを使うワークを紹介!
・グラフィック・メディスン(4)マンガは読みやすいのか問題?!
Table of Contents
■一般的患者がいるわけではない
あなたは患者さんの情報をカルテや処方箋から見た後、どのようなことを考えるでしょうか?
おろらく、基本情報や疾患名から、論文や教科書を調べるのではありませんか?
もちろん、それは正しいです。年齢、性別、基礎疾患、今回の処方の中心となっている疾患。
それらを知っておくことで、事前情報を固めておくことは大切なことです。
ですが、「一般的患者(universal patient)」という者がいるわけではありません。
グラッフィック・メディスン・マニフェストでは、
グラッフィック・メディスンは、一般的患者という概念に抵抗し、有効であっても時には矛盾する視点や経験でもって、複数の患者(multiple subjects)を鮮やかに表現する。
と言っています。
「個」を大切にすれば、時にはエビデンスのある方法とは矛盾しても、そのひとに最適な介入を一緒に模索することがカギとなる、と僕は解釈しています。
どうですか?
あなたの身近な方では、同じようなことはありませんか?
■テクノロジー偏重に対する不快感
僕が精神科を中心に従事してきた作業療法士だから、と言うだけではないと思うのですが、テクノロジーやサイエンスに偏った話をされると、意味や内容がわかっていたとしても、不快感を感じます。
あなたはどうですか? エビデンスの話題に否定的な感情は湧いてきませんか?
今回の新型コロナウイルス感染症による世の中の動きもその辺りが影響していると思いませんか?
多分、僕たちは医療従事者なので、どんな言葉をどのように調べ、どの数字をどのように見て、どう解釈すればいいのかが肌感でわかります。
ですが、一般の方には、共通言語ではない宇宙語が降ってくるようなものです。
そこに加えて、個々人の持つ事情により、働かなければならない、店を開けなければならないなど、個人に降りかかる不条理も飲み込まなければなりません。
「私たちのことを、私たち抜きに決めないで!」
と誰もが叫びたい気持ちになっていることでしょう。
だからこそ、医療マンガなどを通じて、お互いの理解を深めることが大切になってきます。
■自分の声を見つけたい!
「自分の声を見つける」不思議な言い回しですよね。
リハビリテーションに従事しているあなたなら体験したことがあるのではありませんか?
- 「将来やりたいことなんて、今考えられるわけないだろ!」
学生や新人時代に患者さんからぶつけられた言葉。
絶望のさなかにいるそのひとにとって酷な質問をしたことはありませんか?
もちろん、この言葉や状況に限らず、誰もが「自分の本心」を言語化できるとは限りません。
病を得たことによって、初めて何かに気づくことは、誰の身にも起きることです。
かく言う僕自身も、先日家族を亡くしたことで、初めて「三人称の医療(医療従事者)」の立場から「二人称の医療(家族)」の立場を実感しました。
では、体験しなければダメなのかと言えばそうではありません。
体験しなければわからないことを、誰かが医療マンガなどにすることで、「擬似体験」することができます。
その擬似体験が「人生を変える」きっかけになる。
そこに、グラッフィック・メディスンの価値があると僕は感じています。
■グラッフィック・メディスンって何?
色々書いてしまいましたね。
グラッフィック・メディスンって言うなら、マンガで表現しろよ!と怒られそうなくらい、テクストで進めてしまいました。
でも、どうですか?
ワクワクしませんか?
今や、医療マンガは、医師の臨床実習前に使われています。
観察力向上や、そのひとの心配に寄り添う大切さ、何より複雑なコミュニケーションの擬似体験ができるため、学習が促進されると報告されています。
これまでエンターテイメントや消費される楽しみとしてマンガを読んできた方も多いでしょう。
ですが、マンガをちゃんと読み込むことで、病いに関わる全てのひとに、多くの学びをもたらしてくれます。
僕自身、マンガが大好きなだけに、期待を寄せてしまっています。
ということで、今回からグラッフィック・メディスンをテーマにお話ししていきます。
筆者サイトーのYouTubeチャンネルでは、グラッフィック・メディスンに関連して、「ナラティブメディスン」や「ストーリーセラピー」について話しています。
あわせてチェクしてくれると嬉しいなぁ。
つづく
具体的な質問やご相談、こんな記事をお願い!
という声がございましたらいただければ、リハビリカレッジの公式LINEとお友達になって、トークでコメントをくださいね^^
本日は、最後まで読んでいただきありがとうございました。
グラッフィック・メディスン動画まとめ
身体に働きかける集団セッションをしたい方
精神科OTの為の身体アプローチ入門講座がオススメです。
個別の身体介入法と集団で行うものを動画で収録しました。
講師の齋藤がYouTubeでも色々紹介しています。